高齢出産が初産で不安あっても後悔なし!適齢期についてブログで考えてみました。

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出産は若いうちにしていた方がいい、というのを、10代で聞いていたので、まさか自分が高齢出産になるとは夢にも思いませんでした。

子供の頃は漠然と、「25才で結婚して、30才までには子供を産み終えていたいな。」と思っていた私。それは、母がその年齢で3人目の子供、つまり私を出産していたのが理由だったのだと思います。

しかし実際は、結婚は35才、出産は38才直前でした。

結婚が遅かったことを何となく恥ずかしく思ったり、何よりも妊娠できないんじゃないか、という不安に襲われて涙を流すこともありました。

では、なぜ高齢出産になったか。

そして、今回お伝えしたいのは、晩婚、高齢出産は恥ずかしいことではないこと。

でも、やっぱり高齢出産にはそれなりにリスクがあること、そしてなかなか妊娠しにくいという現実を知っていただけたら、と思います。

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中学校の養護教諭の先生から聞いた、人間の出産適齢期。

私は小学校5年生から中学校3年生まで、保健委員をやっていました。

小学校の頃から、保健室で保健の先生のお手伝いをすることが好きだったので、特に中学校の先生とは仲が良かったこともあり、入り浸っていました。将来は、養護教諭になるのもいいな、と中学生の頃は考えたものです。

ある日、いつものように放課後に友人と保健室へ向かい、先生とおしゃべりをしていました。

当時、私の母は長い間苦しめられていた酷い生理痛の原因が、子宮内膜症という病気かもしれない、とわかった時期だったと思います。その話から、先生と子宮内膜症の話題になりました。

これは当時の話、しかもおそらくそうであろうという説なので、実際、医学的に証明されていることかどうかはわかりませんが、先生が話してくれたことは、以下の通りです。

保健室の先生
子宮内膜症という病気は、昔に比べてだいぶ増えているらしいよ。それはある本で読んだのだけど、昔は、出産するのは20代前半くらいが普通だったけど、それが今は晩婚化しているから、出産する年齢も遅くなっているでしょう。

初潮から妊娠するまでの期間が伸びるということは、それだけ子宮に負担がかかっていて、子宮内膜症になりやすいのではないか?と言われているらしいよ。

そもそも、晩婚化したのは、ここ数十年の話で、人間の進化の年月で考えれば、ごくごく最近の話でしょ。それまで、子供を産むというのは20歳前後か、それよりも若い年齢で妊娠も可能なので、それを考えると、人間の本能的な出産適齢期というのは、20代前半なんだって。

(注意:個人の会話であり、医学的な根拠を述べたものではありません。)

先生の話を聞いて、「へぇええーーー!!」と妙に納得した記憶があります。

その話を聞いてから、結婚・出産はできるだけ20代の早い段階でできたらいいな、と中学生ながらに思いました。

でも、

中学生カイカ
お母さんが25才で結婚だし、遅くてもお母さんと同じ年齢で結婚して、30才までに子供を産んでいたらいいかな~。

と、先生から聞いた話より少し甘めに考えていたのでした。

結婚に憧れる子供時代。でも恋愛下手だった。

母親大好きだった子供時代。「お母さんのようになりたい。」と思っていました。

専業主婦だった母のように、私も大人になったら素敵な男性と結婚して、専業主婦で子供を育てたい、と考えていました。

なぜか小学生の頃から母とカッコイイと思う男性芸能人の好みが似ていて、「古谷一行かっこいいよね!」と語っていました。笑

そんな渋好みの子供だったので、中学生頃までは、周りの同級生男子はとても幼く見えました。同級生と恋愛だとか付き合うなんて意味わからん!、とか、随分と上から目線のおませなお子ちゃまでした。

高校生になり、ようやく恋らしい感情を持つようになったのですが、なんせトキメク自分に浮かれポンチな私は、一途に想えば成就すると思い込んでいたために、大好きだった人からめっちゃくちゃ嫌われました!苦笑

その後も、片思いだったり、片思いされたり、でも好みの方ではなかったので、付き合うという形にはならなかったり。なかなか両想いになれる方と恋愛することなく19才になっていました。

この年まで付き合ったことがないなんて、人格に問題ある、と友人に陰口されていた。

悲しいかな、恋人がいないということで、その人の人格を疑う人は実際にいます。私も例外なく、「あいつは性格に問題あるから、付き合ったことがないんだ。」と、当時つるんでいた友人の間で話題にされていたということを、そのメンバーのうちの一人から聞かされたときは、全人格を否定されたような悲しい気持ちになりました。

まぁ、実際、お堅いところもあるし、恋愛下手すぎるし、確かに私は欠点がいくつもありましたヨ。笑

でも、好きという思いがない人と、とりあえず付き合うということは私の性格上、無理なので、「なんとなく」恋人関係をすることはできませんでした。

恋人ができても、遠距離恋愛期間が長かった。

その後、待ちに待った両想い!(笑)で、お付き合いした方がいました。

結婚の話もでましたが、結局破局し、遠距離恋愛はトータル5年くらい経過していました。それ故、最初に夢見ていた「25才で結婚したい。」は、叶うことなく、結婚に対し次第に焦りの気持ちが芽生え始めてきました。

新しい恋に踏み出したい気持ちと、自分探しの葛藤に揺れる。

付き合っていた期間が長かった分、引きずる気持ちと、早く新しい恋愛をしたい気持ち。

仕事も契約社員や臨時社員など、期限があるものばかりで、何もかもが中途半端に感じた25才。

自分はいったい何がしたいのだろう?と、人生について悩みだしたのがドツボにはまり。

人生一度しかないんだから、後悔しないように色々やってみよう!と、手始めにやったのが、NHKのど自慢の予選出場でした。(謎)

それが思いのほか、結構楽しい経験で、「行動を起こせた自分」というのが自信となりました。

恋愛のことばかり気にしたってしょうがない、楽しいことがあれば行動していこう、と結婚に対する焦りは感じつつも20代後半は好きなこと探しに努めていました。

好きな俳優さんの舞台観劇の為に上京したり、その度にオフ会で交流したり、他にも旅行に行ったり。

恋愛は相変わらず片思いだったり、されたりの一方通行や、良い感じになった人もいたけれど、結局なかなかお付き合いまでいかないまま、とうとう三十路を過ぎていました。

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やっと出逢えた運命の人。その時すでに33才。

三十路を過ぎると、さすがに悠長なことを言ってられないと思い、それまで乗り気でなかった合コンにも行くようになりました。しかし気になった人が、なぜか既婚者や彼女がいる人で、なんで合コンに参加してるんだコンニャロー!と思うこと数回。

合コンじゃ、もう時間の無駄かもしれない!と考え、人に「紹介」してもらうのが私には合っているかもと、周りにお願いすることにしました。

正直、子供の頃は、素敵な恋愛をして結婚だ~♪なんて脳内お花畑で、お見合い結婚ダサーいとか思っていました。なので、若い頃は「誰か紹介して。」と人にお願いするのが恥ずかしいと感じていたのですが、もう30才を超えて、んなこたぁ、言ってられません。

そして、とうとう出逢えたのが今の夫です。

お互い結婚前提で会っているので、付き合うというのは確実に結婚を考えてのことです。

まだプロポーズもされていないのに、なぜか両家では「いつ結婚だ??」と盛り上がっていました。笑

そんなこんなで、出逢いから約1年半で入籍します。年齢は理想の結婚年齢から10年遅く、35才になっていました。

新婚の頃は、熱々でもありますが、元々は他人同士、ケンカになると衝突の度合いは大きかったです。でも夫は、ケンカのあともしっかり話し合いを持ってくれる人だったので、月日を重ねるごとに、家族としての居心地の良さが増していきました。

もし25才の時の遠距離の彼の元に、おしかけ女房になっていたとしたら、きっと離婚していたと想像します。私自身の成長も伴わなかったと思うし、話し合いを持てたとしても、その方とは平行線に終わっていただろうと、時間が経った今は冷静に考えられます。

子供の頃に思い描いていた理想とは違ったけれど、私にとって素晴らしい人と出逢えた最高のタイミングが結婚適齢期だったのです。

ちなみに、良い出逢いみっけるぞーーー!うおぉおお!!と、目がギラギラしていた時は、全然ダメでした。笑
夫と出会った頃は、ひたすら趣味に没頭して、自分で言うのもなんですが、生き生きしていたと思います。

既に高齢出産の年齢に。妊娠できるのか不安に駆られる。

夫と家族になれたのは、今まで生きてきて本当に良かった!と思える素晴らしい出逢いでした。しかし晩婚ということで、結婚してすぐに考えたのは既に高齢出産であるという現実

躊躇することなく、不妊治療に通うことにしました。

すぐに妊娠できたとしても既に高齢出産の年齢。

そしてすぐに妊娠できるとは思っていなかったけれど、実際に生理がきてしまう日を重ねるごとに、焦りが心を蝕みます。

本当に妊娠できるのか?

できたとしても、年齢的に染色体異常・流産の確率が高まると言われているし、大丈夫なのかな?

やっぱり、保健室の先生が言っていたように、若いうちでないと、赤ちゃんは授かりにくいのかな・・・?

そんな不安ばかりの日々を送っていましたが、気持ちを切り替えるきっかけが2回ありました。

悶々とした気持ちを晴らすように、動いてみる。

一つは、延び延びになっていた新婚旅行に行きたい、とお願いして実行できたこと。

もう一つは、先生に言われていたより早い段階で体外受精へステップアップすることを決断し、準備を始めたことでした。

鬱々と過ごしていても悪循環なのはわかっていましたが、なかなか自分ではどうにもできなくて、新婚旅行に行かせてもらえたのは本当にありがたいきっかけでした。

その流れで前向きにステップアップを自分で決断した時に、息子がお腹に来てくれました。

体外受精の説明会を受けて、次周期に向けて採卵計画をしようとしていた時だったので、そのことに気持ちがいき、前向き思考でメラメラ燃えていました。そして、次周期のことで頭がいっぱいだったので、何の気負いもなくAIH (人工受精) を受けました。正直期待していませんでしたが、その結果が妊娠だったのです。

無事に生まれるまで、高齢出産であることは片時も頭から離れなかったので、とても心配でしたが、生まれたばかりの我が子を抱いた時に、やっと安心できたのでした。

実際に体験した、出産時のトラブル。

妊娠中のトラブルと言えば、2回入院しましたが、それに関しては年齢は関係なかったと思います。1回目は高熱の為、2回目は切迫早産の可能性があった為でした。

しかし、分娩中に結構出血があったようで、最終的に1,203mlの出血でした。

どうやら子宮の戻りが悪いとのことで、出血を止める為にされたのが、先生の手でお腹を思いっきり揉むというものでした。子供を産んだばかりでグッタリだったのですが、このマッサージがまた痛い。( ;∀;)

でもただならぬ気配だったので、緊迫している状況かもしれないと、朦朧としながらも少し不安でした。

また、会陰切開をしたにもかかわらず、裂けてしまい4度裂傷と言われました。どうやら肛門まで達しているとの説明・・・Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

これらが年齢のせいだったかどうかはわかりません。先生からもそういう説明はありませんでしたが、ネットで調べると、子宮の戻りが悪い(弛緩出血)などは、年齢が関係しているかもしれないという情報は見かけました。

裂傷に関しては、誰しも起こりうることであるようで、特に初産の方は経産婦よりも多いようです。

ただ言えることは、体力不足は否めません。これに関しては、普段から鍛えている方は別ですが、年齢と共に体力は衰えていくので、高齢出産に挑む場合は、意識して体力をつけることが大事だと痛感しました。

晩婚、高齢出産を経験して思うこと。

結婚に関しては、どんなに結婚願望があろうと、焦ったところで、理想の人と巡り会えるかどうかにかかってくると思います。

私の場合は、自分の思い描いていた理想の年齢と、夫と出逢えた年齢にだいぶ差がありました。

でも、後悔どころか、本当に自分らしくいられる人と家族になれた喜びは、それまでの人生は、このためにあったのかもしれないと思えます。辛かったことも、楽しかったことも。

ただ、出産に関しては、どんなに頑張っても卵子の老化は進みます。

高齢出産で高まるリスクを覚悟し、授かることができれば無事出産して、育てていくこと。

もし授かることができなければ、養子縁組を検討しようと、夫と真剣に話し合ったこと。

自分の年齢を受け入れ、それでも子供を育てていきたいという気持ちを、夫婦で覚悟を持って歩んできました。

若いお母さんのように、思いっきり公園とかで走り回ったりはできないけれど、子供が生まれるまで自分のために使う時間をたっぷり与えられたおかげで、気持ちに余裕はできたと思います。もちろん、若くても心に余裕があり、お子さんと向き合っているお母さんもたくさんいらっしゃると思います。少なくても若い頃の私は、ヒステリックになる確率が高かったと思います。

今は、卵子の質が妊娠できるかのキーポイントだと言われています。もし今後も晩婚化が進むのであれば、若い頃の卵子を保存できるシステムが確立できたらいいのにな、と不妊治療をしてきて思いました。でも、ものすごくお金もかかるし、がん治療など理由がないとできないのかな?

実際、今直面しているのは、二人目不妊です。通院しながら、授かれる努力はしています。

まとめ

長文になりましたが、いわゆる「晩婚化」、「高齢出産」と問題視されている中、実際に晩婚・高齢出産だった私の経験を綴りました。

結婚に関しては、人それぞれ適齢期があると思うので、晩婚化という言葉に惑わされることはないと痛感します。

出産に関しては、年齢を重ねるごとにリスクが高まることは確かです。覚悟をもって治療を進めるか、産まない選択もふまえ、夫婦で話し合うことが大事だと思います。

また私のように一人目を出産後、そろそろ二人目が欲しいと思った時に、更に年齢を重ねているので、なかなか望んでいる結果にたどり着けないこともあります。

保健室の先生が話していた、「人間の出産適齢期」はとっくに過ぎていましたが、高齢出産でも授かれたことに感謝しています。そして私にとっての「適齢期」だったこの出産のおかげで、子供を育てながら自分が育てられている人生に誇りを持っています。

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