教科書のような写真だね。

社会人を経て、

写真学校に通う機会を

いただいたことがある。

30代でまさかの学生。

久しぶりの学校生活。

しかも、

一度は職にしたことがある

写真を学べる。


基礎を学べば、

まだ未練が残る写真業界へ

再就職する勇気を

持てるかもしれない。

そんなワクワクな思いで

半年間の学生生活の

スタートを切った。


クラスメイトも全員が

社会人を経験していて、

なかなか個性的な人たち。

年齢層も幅広かった。


わいわいとみんなが仲良くなるのに

そんなに時間はかからなかった。

しかし、大人になって

人見知りを自覚するようになった私は、

この雰囲気に

馴染めていないんじゃないかと

孤独感を覚えた。

仲良くなりたくて、

みんなの会話に

飛び込んだものの

発言するほどに

なんだか空回り。


「本当は私もテンポよく、

みんなと話したいのにな。」


撮影実習の合間にも

そんなことばかり考えていた。


クラスメイトには、

アーティスティックで

撮影方法も斬新だったり、

同じものを撮って

こんなにも表現が違うのかと

驚かされることばかりだった。


とにかく私にないものを

持っている人たち。


「みんな自由な感性でいいな・・・。」


ものすごく羨ましい思いが

募っていた。


過去に写真スタジオに就職し、

商業写真の基礎を

感覚で叩き込まれた私は、

それなりに写真を撮れたと言っても

許されるだろう。

写真学校に入りたてでも、

より即戦力に近いと言われていた。


しかし、自分の写真に

独創性を感じられない私は、

写し出される単調な撮影結果に

自己評価が低かった。


【感性の解放が目標】


学校でそんなことを言っていた。


個性的なクラスメイトの影響も強く、

より自分の感性について

考え込むようになってしまった。


撮影の実施訓練は

スタジオが多かったが、

中盤に入ると

外での撮影も増えた。


ある日の課題は、

ネガフィルムでのお散歩撮影。

既にデジタルカメラが当たり前の中、

36枚分の懐かしいシャッター音に

ワクワクした。


現像プリントするまで

撮影結果がわからないのも

久しぶりの緊張感。

楽しんで取れた分、

いつもよりは少しだけ

結果を期待した。


蓋を開けてみると、

とりわけ良いというわけでもなく

普段どおりかな、という感想。


後日、生徒全員の作品を

先生が紹介しながら評価してくれた。


東京で広告写真業界にいた先生は、

クラスメイトの

斬新な切り口の写真を見て

若干興奮気味に

饒舌な感想を述べる。

あきらかに楽しそうだった。


さて、私の番だ。

先生は何て言ってくれるのだろう?

ドキドキしながら見つめる。


声のトーンが一気に

いつもの先生に戻った。


「うん・・・。いいね。

THE お手本!みたいなね。

まるで教科書に載っている感じだね。」


あぁ、そうなんだ。

教科書のような写真・・・か。

先生は決して悪く言ってはいない。

だけど、私は心で泣きそうになっていた。


私の脳内での変換はこんな感じだ。


個性がない。

つまらない。

無難である。

誰にでも撮れる写真。

四角四面な写真。


感性が溢れんばかりの

クラスメイトたちと比較して、

すっかり卑屈になってしまった。


唯一、本音を言えるクラスメイトに

先生の評価がショックだったと話すと、


「えー?

教科書のような写真って

めちゃくちゃ誉め言葉じゃん!

他のメンバーは、

確かに斬新なのもあって

おもしろいけどさ、

特殊な感じだしね。

私はヘタだから、

先生に教科書みたいって

言われたいよ。」


彼女の言葉にハッとした。

受け取り方次第で、

こんなにも変わってしまうのかと。


斬新な写真は、

確かに先生好みだったと思う。

だからと言って、

私の写真をダメ出ししたわけではなく

良い所を見つけて評価してくれた。

結局、先生の言葉を

勝手に脳内変換して

自分の写真をけなしていたのは、

私自身だったのだ。


撮りたいものがわからず

迷いがある写真には違いないが、

必要以上に卑下しても

感性は解放されるどころか、

ますます塞ぎ込んでしまうだけ。


何やってんだ~、私。

でも・・・気づけてよかった。


先生に楽しそうに

批評してもらいたかったのが本音だけど、

こればかりは好みがある。

考えたらすごく単純なことで、

傷つく必要はないんだ。


あの時、友人の言葉がなければ、

今でもふてくされていた可能性が高い。

あの時、一人で胸に抱えず

吐き出せることができて良かった。


久しぶりに見返したら、

その時の状況が蘇る印象深い写真が

一枚あった。

公園にいたおじいさん達のうちの一人。

ピースサインに満面の笑顔だ。


人見知りながら、

勇気を出して話しかけた。

何枚か撮らせてもらいながら、

打ち解けた頃に

シャッターを切れた瞬間だった。


いい写真じゃん。


今は、素直にそう思う。

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